――シカゴの夏の特別音楽家――
 今年のシカゴの夏は例年と違うことがあるのです。
暑い日に起きて外に出てみると、なんだか耳鳴りのような「ジーン」という音がするのです。
今日はいつもと違うと変ね、と心配の必要はありません。
よく聞いていると遠くで「ジーン」と虫の大群が鳴いているような音だとわかります。
無数のこおろぎが鳴いているようにも聞こえます。
一体何が鳴いているのでしょうか。その方向に歩いてみることにしました。
音はだんだんと近くなってきます。
大きな木の上から「ジーン」という音が聞こえてくる様です。
何かの虫の大群が集まって鳴いている様です。
これがその木だ、とわかりましたので、近づいてみると、木の根元にセミがいました。
それも全身の色が黒くて、なんとふたつの目玉が赤いのです。
みるからに不気味なグロテスクな姿です。

このセミが一匹、2匹ではなくて、後から後から木に登っていくのです。
注意してみると、地面に直径1センチぐらいの穴がいくつも開いている。
彼らはここから地表に出てきたことがわかる。
羽があるのだから木の上の方に空を飛んでいけばいいのに、と思うのですが、のそのそとよじ登っていくのです。
後から後から地面から這い出してのそのそと登っていくのです。
鳴き声も日本のカナカナゼミのような優雅な声ではなく、「ミーンミーン」と鳴くミンミンぜみのような歌手的な鳴き方ではなく、ただひたすらに「ジーン」とまことに味気ない鳴き声です。
音楽的センスはどうでしょう。
ものすごく数多くのセミたちがただひたすら「ジーン」と鳴くだけなのです。
場所によっては死骸がるいるいと地面に転がっていて避けて歩くのが難しいほどです。

 いったいこれはどんなセミなのでしょうか。
これはシカゴの北の郊外に17年ごとに現れる「17年ゼミ」なのです。
17年ごとに大発生するセミの一種です。
英語でシケーダcicada とか、locust 呼ばれています。
英語の辞書の説明にはtree cricket, 日本語で言えば「木コオロギ」と書いてあります。
そう言われてみると、たしかにコオロギのような鳴き声です。
17年間も地面の下で生活し、17年経つと地上に現れるという不思議なセミなのです。
ものすごい数で6,7月に一緒に現れるので、他の動物に多少食べられてもその全体の数はびくともしません。
その数は何百万匹と言われています。
以前これをシカゴで見た人は17年前にシカゴにいた人です。
17年という年月を1年も間違わないで現れるのですから、彼らは優れた体内カレンダーを持っているのです。
もっともこのごろは地球温暖化で自慢の体内カレンダーも狂ってくるのではないか、と専門家は心配しているようです。
彼らは木の汁を吸って生きているのです。
ちょっぴりの量らしく、大きな木は枯れることはありませんが、小さな若木は枯れてしまうことがあります。
何しろ数が多いので一匹、一匹はほんの少しの量で十分と言っても、ものすごい数になれば、17年ゼミを養ってあげる木の方にも負担がかかるというわけです。
17年間も地面に潜って生活し、数週間ぐらい地上に現れ、生活し、木の上に卵を産んで死んでいくのです。
翌年卵から孵化した幼虫は木の上から地面に引っ越し、地中で長い年月の生活をはじめるのだそうです。
こんなセミの人生って何の意味があるのか、と考えてしまいます。
こんど彼らにお目にかかる時は、私はプラス17歳だ、するとかなりの年齢になってしまいます。
悪くするとこちらは生きていられないかもしれない。
どこで生きているのかわからない。
生きていても老人ホームに入れられてしまわないとも限らない。
人間は移動する可能性が大きいですが、彼らはまたここに現れてくるでしょう。
彼らの方が人間よりもこの土地の永遠の住民のようです。

 そんなにたくさん取れるなら食べてみたら、という人もいるでしょう。
日本でも毒のあるフグを恐れず、最初に挑戦した人がいるように、どこの国にも食べ物に関して勇敢な人はいるものです。
食べ方はまずてんぷらのように熱い油のなかで揚げるのです。
ここまでは私にでもできますが、その後ぱくりと食べれるか、躊躇するか、どうかです。
テレビニュースの中で、食べてみせた人がいました。
「おいしい」と言いましたが、正直のところ、あまりおいしそうではありませんでした。
お金をもらっても食べる気にならないようなしろものです。
美味しかったらきっとみんなが争って取ったり、缶詰めにしたり、日本に輸出してもうけるのですが、「17年ゼミ」もそのへんは心得ていて、美味しくなくできているので、食べる人はほとんどいないのです。
食べることが「珍しい事件」として、ニュースになるようなセミですから、その味がわかるというものです。
おかげで数は減らず、種族は維持できるのです。
やっぱり自然は良くできているものだ、と感心しました。
中国ではかゆみ止めの薬として知られている、と本に書いてありました。
 「ところ変われば品変わる」と言いますが、同じ虫でも文化が変われば受け止められ方もずいぶん違うものですね。
日本だったら、「しずけさや岩にしみいるセミの声」などと優雅に受け止めてくれるのに、アメリカでは雑音にしか聞こえず、中国では薬にされてしまうのです。
やっぱり日本人が一番やさしく迎えてくれるようです。
17年ゼミがそのうち大挙してアメリカから日本へ引越す日が来るかもしれませんね。
今年17年蝉に会えなかった人々は、次回の17年先をお楽しみに。