――アメリカの2007年卒業シーズンの役者たち――
アメリカの5、6月は卒業式の季節です。
入学しても卒業しないとこの国では相手にしてくれません。
ですから現実的なアメリカ人は卒業にとても熱心です。
ひとりひとりの卒業生にストーリーがあります。苦労話があります。
そのストーリーを聞いたり、読んだりすると感激したり、励まされたりしますので、私達のホームページのファンの皆様にも紹介いたします。
 最初はMrs. Nola Ochs さんはこの4月27日に95歳でFort Hays State 大学(Hays, Kansas)を卒業した白人の女性です。
専攻は歴史です。
ノラさんは孫娘といっしょに卒業式に出席しました。孫娘もいっしょに卒業したのです。
ノラさんはアメリカの学校の歴史の中では、一番の高齢で大学を卒業した人だそうです。
写真をみると車を運転したり、白髪をなびかせてさっそうと歩いたりしています。
かっこいい、と感心してしまいます。孫のような同級生たちの人生相談にものってくれるすてきなグランマ(おばあちゃん)で、尊敬されています。
大学を卒業しただけでは満足せず、さらに大学院に入学して勉強を続けるそうです。
老人パワーってすごいですね。95歳ですよ、おどろきです。

 Joel Parker さんはイラクに駐留している41歳のアメリカ軍の黒人の兵士です。
勉強が好きで勉強したかったのですが、イラクのバグダードに行くことになってしまいました。
しかし勉強をあきらめることができません。インターネット大学に入学しました。
戦場にいるわけですから、近くで爆弾が破裂したり、仲間の兵士が死んだり、自分もいつ死ぬかわからない中でインターネットにしがみついて勉強を続けました。
インターネットそのものも戦場ですから、電気が消えたり、不調になったりして中断しました。
それにもめげず勉強を続けました。
それも大学ではなく、その上の大学院のMBA(Master of Business Administration)という難しい修士課程のコースです。
驚くことにジョエルさんはこの6月に卒業することができたのです。
卒業式にはイラクから戻ることが出来ませんので、代わってお父さんが出席し、MBAの卒業証書を受け取りました。
お父さんはこの息子さんについて、彼はいつも夢をもって努力する子です、彼は言ったことは必ずやりとげる子です、彼とはいつもこう話しています、「夢を持て、夢に向かって前進せよ、夢がない人、それは生きている人とは言えないな」と。

 東部の名門イエール大学始まって以来、はじめて孫が3人もいる黒人の女性が卒業しました。
それも医学部を卒業し、これから医者になろうというのです。
この女性はKaren Morris さんと言います。
カレンさんは高校生のとき、おばあさんが病気だったので医者になろうと決心したのですが、16歳のとき、妊娠し、若くして結婚したので、医者になる夢は消し飛んでしまいました。
青春の激情の前には夢など簡単にぶち壊されてしまう典型的な例です。
29歳のときには、5人の子持ちの主婦になっていました。
医者の夢どころかその日その日の生活にも苦しい日が続きました。
そんな中で、看護婦になる道を進みたいから協力してくれ、と夫に言いましたら、夫は怒って離婚になってしまいました。
自分の手で5人の子供を育てなければならなくなったのです。
そんな中でカレンさんは自分も看護婦になる学校へ入学したのです。
仕事を2つも3つも持って家族の生活費を稼ぎ、5人の子供の面倒をみて、さらに自分の勉強もしたのです。
仕事、家族、勉強の3本立ての生活を4年もしたのです。
やっと念願の看護婦になれました。子供たちも成長して、カレンさんは孫もいる年齢になりました。
しかし、医者になりたいという夢は消えませんでした。
家族にこっそりイエール大学に入学願書をだしました。
学校関係者に笑い飛ばされるだろな、と思いながら出したのです。
ところがイエール大学の医学部は笑い飛ばすどころか、入学を許可したのです。
看護婦の仕事をしながら、医学の勉強を開始したのです。
そしてついにこの5月に卒業したのです。60歳になり、孫も3人になっていました。
再婚したので夫もある身となりました。
あってうれしいものとあると困るものがあります。
孫も夫もあってうれしいのですが、カレンさんは学生ローンが16万ドル(1600万円)あるのです。あって困るものです。
16万ドルあれば家が買えます。医者になって返すと言っても時間がかかります。
いったいこんな金額をいつ返えし終わるでしょうか。死ぬ前に返済を完了できるかだって問題です。
この話を聞いてシカゴの名物女史オプラさんは一計を考えました。
彼女はスポンサーを探し、化粧品会社が名乗りをあげ、カレンさんの学生ローンを全部払ってくれたのです。
イエール大学卒業のドクターカレンさんのこれからの活躍を祈りましょう。

西の名門はUCLAです。Kellie Lim という26歳のアジア女性が医学部を卒業しました。
名前から言って韓国系アメリカ人でしょう。
西の方にはアジア系が多いから優秀な人も多いので、そのひとりだろうと思っていると、なんとなく歩き方がぎごちないのです。
話を聞いておどろきました。8歳のとき、メナンジャイタスという恐ろしいバクテリアにかかって、両足ともひざから下、切断したのです。
それだけでなく、右手も肘から先を失ったのです。残る左手も3本の指を失い、残ったのは2本だけしかなくなってしまったのです。
こんな不自由な身体で生きていけるのでしょうか。
さらにおかあさんは全盲だったのです。
こんな中でケリーさんはがんばりました。おかあさんは不自由な身体で生きる見本を見せてくれたのです。
両足は義足、右手は肘まで、左手で使える指は2本だけです。
こんな身障者を入学させてくれる医学部があるでしょうか。
いくつかの大学は医者になるのは無理だから、他の学部を志願したら、と言ってくれたのです。
UCLAの医学部だけは不自由なケリーさんを温かく迎えてくれたのです。
そこでまたケリーさんはがんばって、この6月に念願の医学部を卒業したのです。
彼女の卒業を首を長くして待っていたお母さんは3年前に天国へ行っていました。
現在、カレンさんは車は運転するし、水泳もするし、驚くことには、スカイダイビングもしているのです。
小児科医者として、子供たちに希望を与えているのです。彼女を見たら励まされる子供がたくさんいるでしょう。

最後は大学を中退した人がこの6月7日に51歳でついに大学卒業の資格をもらいました。
この人は成績が悪くて卒業できなかったのではなくて、頭が良すぎてできなかったのです。
そんな変わった人も世の中にはいるのです。ビル君は理数科が大好きで、高校生のときコンピューターの会社を作ったほどです。
大学に入ったのですが、何を勉強していいのかわからず、法律、経済、数学など勉強したりして決まりません。
そのうち、コンピューターにはまってしまいました。
コンピューターによって世界が大きく変わるということを見て取ったのです。
大学卒業まで待ってなどいられません。18歳のとき大学を中退してコンピューターの世界に飛び込んだのです。
そして事実世界を大きく変えてしまったのです。
彼の名前はビルゲイツ、大学はハーバード大学です。
大学はこの6月にビル君に名誉法律学位を贈り、卒業演説をお願いしたのです。
その中で「お父さん、いつか大学にもどって卒業するからね、といつも言っていたよね。その約束をやっと果たしたよ」と言えるようになった。
これをいうまで30年以上かかった、と笑いました。
ビルゲイツのお父さんは有名な弁護士、お母さんは銀行の幹部とそろいもそろった裕福な家庭だったのです。
息子が大学を中退すると聞いて、将来を考え反対したでしょう。
30年かかって親との約束を果たすとはさすが世界のビルゲイツですね。

今年ではありませんが、数年前に変わった人がMBAを卒業しました。
プロバスケットボールの世界でシャック・オニールと言ったら有名な選手です。
背がずばぬけて高いだけでなく、横もあって大きなお相撲さんのようです。
でも走るのも早いので優れた選手です。
彼は選手生活の傍らインターネット大学でMBAの課程を勉強していたのです。
そしてちゃんと卒業したのです。
「これで母との約束を果たした。大学を中退してプロに入ったので卒業していなかった。母にいつか大学を卒業するからと約束していたから」と言いました。
彼は大学だけでなく大学院まで卒業して、母との約束を守ったのです。
記者たちに囲まれて、いつかプロバスケットをやめたら、君たちと同じ9−5の仕事に就くからね、そのときはよろしく、と冗談をとばす余裕がありました。
9−5とは9時から5時までのオフィスの仕事のことです。
95歳のおばあさん、イラクバグダードの兵隊さん、これから医者として活躍するカレンさん、超身体障害者で小児科医になったケリーさん、大物ビル君、シャック・オニールなど。
いろいろな背景の卒業者が現れるものです。
こんな卒業者を輩出するアメリカの大学の自由な雰囲気とシステムはすばらしいと思います。