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| 「仮庵(かりいお)の祭り」in 2005 アメリカの10月中旬になると子供のいる庭にはハロウィーンの飾り付けが現れてくる。 年々凝ってきていて、もっともっと怖くと、まるでお化け仮装の競争のようになり、テレビ局は怖そうな飾り付けを選んで放映する。 |
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それと同じ頃、庭に3メートル四方くらいの広さで、たかさ2メートルぐらいの長方形の箱みたいなものを組み立てる家がある。 音も無く組み立て、1週間くらいで音もなく片付けるので近くに住んでいても気がつかない人が多い。 シカゴにいる日本人で気がついた人はまずいない。 |
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ちょっとみるとホームレスのほったて小屋に見える。 でも中にはだれも住んでいなくて、一面に秋の収穫物が飾られ、絵や願いことが書いてある。 上を見ると天井はなく、木の枝が並べてあって、青空がすけて見える。 夜には星が見えることになる。 |
右の写真のアップ |
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| これは一体何なんだ。 これは旧約聖書レビ記23章の「仮庵の祭り、Feast of Tabernacle, Feast of Booths 」と呼ばれるユダヤ教の祭りである。 |
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昔、昔、BC1500年ごろ、モーセにひきいられたユダヤ人たちがエジプトを脱出したとき、荒野でテント生活したことを記念する歴史のものすごく古い祭りである。 | ![]() |
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それから3500年も経っているのにまだ続けているのだからユダヤ人は変わっている人たちである。 長方形の小屋の周囲は木の板で囲っていたり、テントだったり、それもあざやかな青い色のテントで周りを囲っていることが多い。 |
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| ユダヤ教の会堂(教会)では大きな小屋を作っている。各家庭でも組み立てている。 1週間で消えるので今年見損なった人は来年まで待たねばならない。 そんな希望者がいたら今年はこの写真でがまんして、来年は実物をどうぞ。 |
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| アメリカの学校の学年末風景 5、6月 アメリカの学校は8月下旬か9月に始まり、5、6月は卒業式、学年末のシーズンです。 あちこちで関係行事があります。 その中のひとつに表彰式があります。 わたしの関係する短大でも表彰式があり、参加しました。 表彰式はふたつにわかれていて、儀式的な表彰式と夕食会です。 表彰式はたいていは夜行われるので、名称もアワードナイトAward Night です。 |
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| 学生達だけでなく、教職員も表彰されます。 今年はどうしたことか、私もOutstanding Part-Time Teacher of the Year(日本語では今年度の非常勤講師の中の最優秀教師ということらしい)とかで表彰されることになった。 高い壇の上に出て行って表彰の盾をいただいた。 パートタイムの先生といっても600人もいるのですから、選んでいただいたのは身に余る光栄、と思っていただきました。 大人になってから表彰されるとは思ってもみませんでした。 |
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| 2、3日たってからの夜に表彰バンケット(夕食会)があった。 運転手として夫を同伴しましたら、27ドル追加をとられてしまいました。 アメリカは普段はおへそ出しのラフな格好をしていますが、公的なところにでると、ドレスアップです。 最高の衣装をつけて参加です。女子学生の衣装は胸が大きくあいているのが多いから、普段はおへそだしで、公式では胸だしというべきかな。 女子学生はもちろん、男子学生もスーツをきてよそ行きの顔です。 オードブル、メインコースとこれも本格的です。 |
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デザートの時間に、表彰が始まりました。もちろん、成績優秀者を表彰しますが、それに加えて、友達を助けたとか、地域社会に貢献したとか、クラブで活躍したとか、これでもかこれでもか、と表彰してくれます。グループごとの表彰もあるので、いっそう盛り上がります。 先生たちの表彰もありました。儀式の表彰のときよりも拡大し、よくクラブの面倒をみたとか、相談にのってあげたとか、の理由で表彰してくれます。 真ん中へんで「ケイコ・アンノ」と私の名前も呼んでくれました。 何事かと前にでていくと 儀式の表彰のときと同じように、非常勤講師の中の最優秀教師とか言って、みんなの前で表彰してくれました。 また、アニメクラブの面倒をみたとかで、もうひとつ表彰してくれました。 夕食会が終わった後で、学生さんは若さにあふれているので、帰らず、9時半から夜の12時までダンスだそうです。 こちらは年ですので、つきあいきれませんから、音もなくドロン。 |
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| 日本総領事館主催 日本語弁論大会 テレビやインターネットのおかげでニュースはあっという間に世界に広がる時代となりました。 日本でもCNNなどで世界のニュースがいつでもわかるようになりました。 日本での英語熱は子供から老人までいよいよ盛んです。 韓国語もヨン様のおかげで学習ブームと聞きました。アメリカでの日本語学習者も増えています。 アメリカで2005年を「外国語学習の年」と指定しました。そのせいもあって外国語学習者も増え、日本語学習者も増えています。 私の日本語クラスの学生も以前と比べたら格段に増えて学生たちは、いつもミツワに行っています。 |
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| そんな背景の中で日本総領事館が主催して3月26日(土)に日本語弁論大会が開かれました。 毎年3月にあり、今回で15回目です。1年以内とか2年以内、3年以上とかの日本語学習年限で出場部門が決められています。 出場希望者は原稿と録音テープを送って予備審査をパスしなければなりませんので、なかなかの狭き門です。 私がかかわった学生も出場しました。原稿を訂正し、発表の練習をしました。 上級クラスの弁論など日本語といっても昔の「ワタシハ アメリカジン デス」などの時代と比べたら格段のレベルアップして、これが外国人の日本語か、と思えるほどです。 おすしには、ワインが合うそうです。また、名前も英語の名前がつけてあり、ドラゴンアイ(龍の目)やキャタピラ(青虫)の形のすしが出てきます。 そんな様子を私の学生の初級者は「アメリカの国籍をとった日本のすし」という題の発表をしました。 中級者レベルの学生は日本旅行の思い出を話しました。 |
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もうひとりは耳がよくきこえないのに日本語に挑戦した経験を話しました。 「外国語を勉強するのは、耳がきこえないのと同じです」ととても興味のある表現をしました。 3人とも何かのご褒美にあずかり、これからの学習に大きな励みとなりました。 領事館の主催のこのスピーチコンテストは、小学生から大人まで日本語を学んでいる人々が予選を通過して本番で日本語でスピーチをしました。 年々参加者も上手になります。また、日本語で自分の意見や考えを伝える事が出来るのも、アメリカのユニークな教育の影響かもしれません。 将来、日本語教師になりたいと勉強している学生が日本語の教室にいます。そんな日が来て、日本人以外の先生が日本語と日本文化を紹介する姿を想像し楽しみにしています。 そんな学生のためにも、この弁論大会はとても有効と思いました。 |
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| Asian Month – May アジア人の月――5月 アメリカは人種の「るつぼ」ではなく、フルーツバスケットだと言われます。 「るつぼ」のように溶け合って個性が無くなってしまうのではなく、果物かごのフルーツのように、いろいろな人種が自分たちの個性を失わないで、アメリカという入れ物の中でいっしょに生きていくのがアメリカだという考え方です。 その流れにたって、アメリカの2月は「Black History Month アフロアメリカ人(つまり黒人)の歴史を考える月」として指定されています。 黒人文化の紹介や偉い人々を記念して、自分達のルーツを思い出します。 ではアジア人記念の月などもあるのでしょうか。ちゃんとあるのです。 5月がアジア人の月、Asian Month なのです。アジア人の月のスローガンは「教育、勤勉」です。やっぱり、という気がします。 日本人、韓国人、中国人、ベトナム人など見たらすぐわかります。みんな働き者ぞろいです。 |
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私の関係している大学は5月になると卒業式などて5月にアジア人の月の記念行事ができませんので、3月下旬にくりあげました。 日本,中国、韓国文化の紹介などが予定され、私は日本文化紹介の担当となりました。 多くのボランテアの日本婦人の助けと学生たちの協力で3月22日(月)の昼休みに3、400人の参加者を相手に、日本文化紹介のときをもちました。 場所は広いギャラリーを使いました。日本食を用意し、そうらん節をおどり、空手や合気道の武術を披露し、模擬店を開きました。 日本食といっても400人を想定するとかなりの量になります。ボランテア、学生たちで手分けして作りました。あっという間に売り切れました。 |
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| 5人のアメリカ人学生がそうらん節をおどったのですが、これがアメリカ人なのかと日本人を驚かせました。 アメリカ人学生はもともと人前で発表するのが好きな人たちですから、そうらん節を自分流に消化し、よく言えば、自分たちの文化にあわせて解釈表現しなおし、堂々と踊ったのです。 モダンダンスのように踊ったのでアメリカ人にあっているのです。 |
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| 日本の文化も日本の独占している時代は終わり、国際時代の衣装を着て、外国人が踊る時代となったのだと痛感させられました。 空手も合気道も模範演技をする男性たちは青い目さんなのです。 日本武術の担い手が日本人からアメリカ人に移っているのです。合気道の先生は自分の武術クラスのPRもかねてやっているので熱心です。 このようにアジア人の月の記念行事をしましたが、日本文化の担い手が日本人からアメリカ人に移ってきているのを感じました。アメリカ人が日本文化を理解、解釈して自分の文化で表現するのです。 日本文化そのものとはいえないかもしれませんが、アメリカ的日本文化というべきもので、かえって新鮮で面白いものとなっ。 |
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| 2005年3月のシカゴの風景 シカゴ川が緑色になる日 今年のシカゴは3月になっても雪が降る日があり、 早く春が来てほしいと願う。長い長い寒さと雪に悩まされていたシカゴ人の心を春の太陽はほっとさせてくれます。 春のきざしを感ずると心もスプリングのように弾むのです。 北半球の人々が春を待つ気持ちはとても強くて、2月9日の「灰の水曜日」から3月27日の復活祭まで40日をレントシーズンといって、高校生など、チョコレートを断つ日とかにしますが、レントはドイツ語のレンツが語源でこれも春のことです。 |
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| 春めいてきた3月の中旬の12日から17日までシカゴ川が緑色になるのです。 川ばかりでなく、やたらに緑の色が目立ちます。猫の毛まで緑にそめてしまう人もいます。 その日、緑のクローバーのデザインや緑の帽子でかざって行進するのです。 |
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これは何のお祭りかとたずねると、アイルランドに伝わるセントパトリックスデーだという答えがかえってきます。 ではセントパトリックとはどんな人ですか、とたずねると、「なんかよく知らないけれど、緑の日だ」、言うのです。 ではいったいセントパトリックとはどんな人なのでしょうか。緑とどんな関係があるのでしょうか。 セントパトリックは5世紀にアイルランドで活動したキリスト教の伝道者、聖人です。 大変有効な伝道活動をしたので、アイルランド全体がキリスト教化され、アイルランドの守護聖人と尊敬されている人で、3月17日が彼が地上の生涯を終わった記念日です。 |
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アイルランドの人は故国を去って外国の地に住んでも、彼を忘れず、この記念日を祝うのです。ニューヨークの5番街には彼を記念してカトリック教会のセントパトリック大聖堂が建てられています。ここは1968年に暗殺されたロバートケネデイー大統領の葬儀を行われたところとして知られています。 そのセントパトリックはアイルランドの人ではなく、389年に英国ブリテンで生まれましたが、16才の時に、人さらいにさらわれ、アイルランドに奴隷として売られてしまったのです。苦しい奴隷生活のなかで、彼はイエスキリストを信ずる信仰をもったのです。6年後、つまり、21歳とき、脱出に成功してイギリスに帰ることができました。中断していた勉強にもどることができました。あるとき、夢の中でアイルランド人が現れて、「来て、キリストを伝えてください」と言うのです。彼は聖書の勉強を続けて、43歳のときに、伝道ためにかつて奴隷生活をさせられたアイルランドにもどったのです。 | ![]() |
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| アイルランドをくまなく旅行して、伝道しました。とても熱心に伝道したので、信仰に導かれる人がぞくぞくと起こりました。 あちこちにキリスト教の教会ができたのです。彼は身近なものをもってキリスト教の真理を伝えました。 そのへんにある3つばのクローバーをとって、「ほら見てごらん、クローバーは3つに分かれているように見えるけれど、3つの葉とは数えないで、ひとつの葉と数えるだろう。キリスト教の神さまは、父なる神さま、子なるキリストなる神さま、聖霊なる神さまは3つのように見えるけれども、ひとつなのだよ」と教えたのです。 3月17日の緑のシャムロックはキリスト教の真理を教える方法だったのです。いつのまにか、ただの「緑の日」になってしまいました。 | ![]() |
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| 「聖徒の殉教記念日」のはずのハロウイーンも「お化けの日」になり、キリスト誕生記念のクリスマスも「サンタの日」に、ミスターバレンタインの殉教記念日も「チョコレートの日」に。 アメリカって国は何でもビジネスにしてしまうのですね。アメリカ人は、お祭りが大好きな国民ですから、今年もシカゴの人は緑色のネックレスや洋服を身につけて、パレードを見に行きます。 |
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| ミシガン湖の近くのシカゴ川も、その週は緑色にお化粧します。 また、シカゴは、市長さんをはじめアイルランド系の人が多く、市役所の前の噴水も町の中もみな緑色に色変わりして、町行く人を楽しませてくれます。 ぜひ、一度シカゴに緑色の川を見にきませんか。お待ちしています。 |
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| 2005年1月のシカゴの風景 シカゴの大雪 シカゴの天気はどうですか、とたずねられると、昨年の夏はクーラーが必要ないくらい快適でした、と答えると日本の暑い夏を経験した方々は、シカゴっていいなあ、と思ってしまいます。 でも9月の中旬から5月中旬まで暖房が必要です、暖房の必要ない月は6、7、8月の3ヶ月だけです、と付け加えると、寒いのだな、シカゴはいやだなと思われてしまうのです。 シカゴは北海道の函館の緯度ですから寒いのはしかたがないのですが、アメリカの真ん中近くにあるので、内陸的、すなわち、寒暖の差が大きいのです。 |
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日本の北の地方から来た人はシカゴの雪はたいしたことはないけど、寒さがひどい、と言います。 アメリカ人も寒くなるとシカゴは寒いぞ、フロリダがいいな、カリフォルニアがいいな、と避寒にでかけます。でも、フロリダはハリケーンが吹き荒れるし、カリフォルニアは土砂崩れ、地震、山火事が後をたちません。東部は文化は高度かもしれませんがテロがあるし、アメリカで安全と言えるところはなくなりました。シカゴが一番いいくらいです。地震はないし、寒いだけがまんすればいいのですから、近年はシカゴの株もだいぶ上がったのではないでしょうか。 そう思ってシカゴをひいきしていましたら、1月21日(金)の夜から雪が降り出し、降るわ、降るわ、土曜日一日中降りつづけました。 |
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36時間降り、12インチ(30センチ)つもりました。シカゴにしては大雪です。このごろはガソリンエンジンの雪かき機を買い備えている家が多くなりましたが、わが家にはそんなモダンなハイテクはなく、雪かきシャベルで黙々と雪かきです。夜遅くまで何回も何回も雪かきです。 高さ1メーター半の雪の壁ができました。面倒なのは市役所の雪かき車が道路の雪を掻いてくれるのはうれしいのですが、駐車場の入り口に雪の土手ができてしまい、車は外に出られなくなり買い物にも出られませんし、入ろうとする車は入れなくなりました。 雪の土手をくずして雪を運んで駐車場は開通です。 |
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やっと車の出入りが出来るようになり、家の機能をとりもどし、ほっとしました。同時にすっかり疲れました。我が家は子供が巣立ってしまい、若者ゼロの家庭になってしまったので、来年はぜひ機動力のある強力雪かき機を準備したいものです。 シカゴの飛行場も機能が麻痺してしまい飛行機は飛べず、大混乱。大人の世界はおお困りなのに、子供達はそり遊びができるので楽しいときとなりました。困った困ったといいながら休むことなく日常の活動を続けるのですからシカゴ人はたくましいのです。東のニューヨークやボストンではもっとすごくて36インチ(90センチ)も降ったそうです。30センチでも苦労しているのにそんなに降ったら死んでしまいます。やはりシカゴで良かったなと感謝しました。 |
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| 12月のシカゴの風景 クリスマスとは。 11月の第4木曜日は感謝祭で、1620年に英国からアメリカにわたった ピリグリムファーザーズが翌年の秋に収穫祭をしたことを記念します。 それが終わるか終わらないかの内にクリスマスの飾りが始まります。 どこもここもクリスマスです。クリスマスの代表的な飾りは クリスマスツリーとクリスマスキャンドル、ポインセチアなどです。 北国の憂鬱になりがちな寒い心を暖めてくれます。 クリスマスはいうまでもなくキリスト教のイエスキリストの誕生日祝いです。 私たちが使っている2004 A.D. のA.D.はAnno Domini はin the Year of our Lord (我らの主キリストの年)のラテン語の省略形で、キリスト誕生から数えて 何年ということですから、西暦を使っている人は知らず知らずにいつもキリストの お世話になっていることになります。 |
![]() クリスマスツリー |
![]() サンタが町にやってきた |
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![]() クリスマスリースの販売風景< |
サンタクロースとは。 ところがクリスマスの人気者はキリストではなくサンタクロースです。 サンタクロースは4世紀のキリスト教の牧師でした。 天国でご主人のキリストさまよりも人気がでてしまって申し訳ないと思っていることでしょう。 サンタクロースの誕生日は12月5日でオランダでは子供たちは木の靴をさげてプレゼントをもらう日です。 サンタの誕生日がアメリカに輸入されると、1822年にクレメントモーアという詩人が「サンタが来るのは実は12月5日じゃなくて12月24日クリスマスイブだ」という歌を作ったら、アメリカ人は「待ってました、そうだ、そうだ」と12月24日をサンタの晩にしてしまったのです。 サンタはクリスマスセールをあおるビジネスのVIPになりました。アメリカではクリスマスはビジネスを景気づけるイベントになっています。「クリスマスとかけて何と解く」「空になったシャープペンと解く」「こころは」「中にシン(心)がない」。 |
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![]() ピザの店として有名なウノピザ |
![]() クリスマスの飾り |
![]() 放送局AM720 |
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| ハヌカとは 12月の夜の景色を彩るのはクリスマスの灯りだけではないのです。 ハヌカというユダヤ人の祭りも同じころあります。 こちらは8本のローソクに毎晩1本づつ火をつけていくのです。 BC168年にユダヤ人がシリアの王から神殿を奪回して燭台に火をつけたら油が無いのに8日間燃えつづけたという伝説からきています。 パイロットのローソクを含めると9本のローソクが立っている燭台をハヌカのメノラと言います。 火をつけると「めらめら」と燃えるのでメノラというのかもしれません。 ユダヤ人の子供たちは毎晩ハヌカのプレゼントをもらえるのですから幸せです。 「ハッピーハッピーハヌカ」と歌います。 |
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| 10月のシカゴの風景 |
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![]() 駅前の八百屋さん |
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![]() ショーウィンドウには長袖のファッションが飾られるようになりました。 |
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![]() インパチェンス |
| ハロウィーン 10月最後の日の夜はハロウィーンと呼ばれていて、 この夜、子供たちはトリック、オア トリート trick or treat と言いながら仮装して各家をまわり おかしやアメをもらいます。 このごろは無用心なので大人が付き添い、夜おそくならないうちに きりあげます。 |
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ちいさい子供は午後か夕方にまわります(子供つれの写真)
各家にはジャコランタンと呼ばれるかぼちゃをくりぬき、中にろうそくをともして
目印にします。 中にはこわい雰囲気をだすために庭を墓地の格好にして煙をだす装置までをつけてあります。 RIP== Rest In Peace やすらかに眠れ、つまり、お墓のしるし。 |
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