生涯教育こんちには。 私の隣人――トニー先生――アメリカ版「この道、40年」空手、一筋 シカゴの郊外の空手道場、ちょっとのぞいて見ました。 えーっと思ったのは練習している人たちの間に、日本人とかアジア人がぜんぜん見当たらずガイジンさんばかりだったからです。 「センセー」と呼ばれる人も青い目の穏やかな紳士で格闘家という印象がぜんぜん見えない人だったのです。 これはいったいどうなっての、と不思議に思ってインタビューしました。 「センセー」はウィスコンシン州で生まれ育ち、高校生とのとき、ボクシングをやっていました。 「センセー」のファーストネームはトニーといいます。 当時、空手というものがどんなものかわかりませんでした。「グリーンホーネット」という映画が現れ、ブルースリーが大暴れするのを見て、東洋には変わった格闘術があるのを知りました。 でも実際には見たことがありませんでした。 時代の流れは田舎町にもやってきて、1968年に町のYMCAで若いインストラクターが空手教室を開きましたので、行って見たのが空手との最初の出会いでした。 噂に聞いていましたが、空手を目の前に見て胸がときめきました。 すばらしい、こんなものがあったのか。 ブルースリーがやっていたのはこれなのだな。 ボクシングとちがって奥が深い。 ボクシングは単なるスポーツだ。 空手は何か深い宗教的な雰囲気だ。 すぐさま入門しました。 空手、空手に明け暮れました。 ところが、せっかくはじめた空手なのにインストラクターが引っ越していなくなってしまったのです。 田舎のこと、代わりの指導者は来てくれません。 大きな都会に行けば空手教室はあるでしょうが、引っ越して弟子入りするのはかなりむずかしいことです。 練習を続けるためにどうしたらいいのか。 若い空手キッドは「そうだ、自分が指導者になればいいんだ」、と思いついて空手道場を開いたのです。 若い空手キッドの練習へのパッションは人が考え付かない方法で、空手を続ける道を切り開いたのです。 1972年のことです。 しろうと空手センセーなのにおどろいたことに50人以上の生徒が来たのです。 当時ブルースリーの活躍で東洋武術へのあこがれがあったのでしょう。 空手キッドの夢は実現したのです。 そのうちミネソタ州ミナポリス市に日本人の優れた空手の指導者がいると聞きましたので、入門することにしました。 沖縄の伝統派空手のひとつ、松涛館(しょうとうかん)空手でした。 フサロ先生(白人)、杉山先生に教えてもらいました。 それ以来、この流派の空手にのめりこみました。 空手の礼儀深さ、空手は勝つことが目的ではなく人格形成が目的であること大いに共鳴しました。 西山先生という日本人の大指導者たちについて修行しましたので、技術も大いにのびました。 なによりもひたすら空手の道に精進しました。 空手の道は人生の道に通じることを発見しました。 アメリカ人は新しいことが好きですが、反面ひとつのことに執着するのが苦手です。 トニーは空手一筋に生きたのです。 アメリカ人としてはめずらしい性格です。 とっても純粋です。 わき目をふらずこの道一筋です。 アメリカ人は日本人のもっている「恩師」という考えをもちませんが、センセーは日本人空手指導者をとても尊敬しています。 空手の技術も上達し、黒帯となり、今は6段となりました。 空手で生計を立てることを目指し、行くところ行くところで空手道場を経営していますが、シカゴの郊外でも4年前から空手教室を開いています。 自分の大好きなことをわき目もふらずに探求し、やがてそれで生計を立てていく、一生を自分の好きな道で生きていく、これアメリカンドリームでなくて何でしょうか。 空手教室を拝見させていただくと、なかなかユニークな経営方針です。 スケジュールを見ると、朝から夜まで、月曜日から土曜日まで、いや違った、よく見ると日曜日までびっしりとつまっています。 コブドー(古武道)、アイキドー(合気道)、イアイドー(居合い道)とか、空手からみると、ドーでもいいようなものも含まれています。 現代的なキックボクシングのクラスもあります。 昔は大人が多かったそうですが、今は子供中心です。 また女性もかなりの割合で入会しています。 アメリカはレープ(婦女暴行)の多い国ですから、女性も身を守る護身術が必要で、空手は女性にアッピールするのでしょう。 またフィットネスのために空手やキックボクシングをする女性が増えているのです。 アメリカのある有名な美人モデルはキックボクシングをしてシェープを整えているそうです。 学校帰りの子供たちが多いので、空手のかたわら学校の宿題を教える教室を開こうかな、と考えているそうです。 まるで日本の学童保育みたいなものです。 センセーはだんだん日本人の考えに近くなってきました。 そんなわけで大人、子供、女性、生徒全部あわせると150人を越える人たちがこのクラスに参加しているのです。 いまや空手は狭い日本から広いアメリカに移植され、インターナショナルなスポーツとして大きく花開いているのです。 センセーの卒業生(?)も出ています。 彼らはセンセーから暖簾分けしてもらって、別の町に空手道場を開いて、センセーよりも生徒が多いくらいです。 センセーは弟子作りにも成功しているのです。 最近のハイライトは今年の10月に生まれてはじめて空手の本場沖縄へ旅行したことです。 沖縄空手の実物をみて大いに感激しました。 また日本も旅行し、空手の実際を見てきました。 日本でも空手は大人ではなく子供中心になってきているそうです。 日本の武道の一端に触れ、手足の運動の空手ではなく、禅と深くかかわっていることを感じてきました。 これからますます空手の真髄を極めようと堅い決意をしてシカゴにもどってきました。 センセーのフルネームはMr. Anthony DeSardi といいイタリー系のアメリカ人です。 穏やかな性格で日本人以上に静かで、謙遜な紳士です。 もちろん空手6段ですから、その道の達人です。 入門希望者は、Midwest Shotokan Karate, website http://www.midwest-shotokan-karate.com を開いてみてください。